Bloom talk
外資系コンサルティングファームを経て、シリコンバレーでフィンテック企業を上場させた経験を持つ柴田秀樹氏。共同創業者である日本人女性との出会いによって生まれた思いとは。現在「Kort Valuta」で手がける世界初の決済デバイス「TwooCa Ring(ツウカ リング)」とは?貴重な柴田氏へのインタビューを前編・後編でお届けしていく。
20代でシリコンバレー起業、人種・性別への偏見に直面
−柴田さんが決済・金融サービスに関心を持たれたのはいつ頃からなのでしょうか。
柴田:最初に決済をやりたいと思ったのは、高校生の頃だったと思います。祖父も父も会計士で、僕もアメリカで会計士の資格を取得しており、会社におけるトラブルの多くはお金の問題か人の問題のどちらかだなと感じていました。会社が本当にお金を貸してもらいたい時に、貸してもらえないのはなぜなのか。その問いを追求していった先で、決済サービスと出会いました。
篠崎:柴田さんは日本でも先駆けて電子決済サービスに携わり、アメリカでは暗号資産などインターネット・バンキング業の戦略策定を多く手掛けています。シリコンバレーで起業されたのは何歳ごろですか。
柴田:35歳ごろだったと思います。職場の同僚であった女性と起業しました。
篠崎:同僚の方は、ご両親は日本人ですが、育ちは完全にアメリカなのですよね。
柴田:ええ、日本語は堪能ですが、シカゴ出身です。僕は彼女との出会いが非常に大きく、だからこそ、篠崎さんのチャレンジを応援したいと強く思っています。出会った当初、僕はエンジニア出身だったのでコミュニケーションやプレゼンが得意ではなく、ピッチ(投資家へのプレゼンテーション)は彼女に任せていました。でも起業して2年ほど経った時、女性の起業家に対して偏見を持っている投資家から、女性であることを理由に攻撃的な発言をされたことがあったんです。急いで僕が代わると事なきを得ましたが、その時に初めて、彼女から「たまにはやってよ」と言われました。そもそもシリコンバレーでアジア人はマイノリティで、さらに女性ということで風当たりが強くなる。それを目の当たりにした瞬間でしたし、それ以来、僕もピッチをやるようになりました。
篠崎:今のお話上手な柴田さんからは想像ができませんが、そういった経緯があったのですね。
−柴田さんと同僚の方が立ち上げたフィンテック企業は上場という大きな成功を収めています。それまでに多くの苦労があったと思います。
柴田:最強のビジネスパートナーである彼女と一緒だったからこそ、上場まで辿り着いたのだと思います。僕らは20代30代、ほとんど休みなく仕事に明け暮れました。常に横で一緒に仕事をしていた僕らにとって、プライベートもビジネスも混在する生活です。だからこそ彼女が直面する課題を知る機会にもなりました。そもそも起業するということにもご両親は心配が大きかったんです。
篠崎:ご両親の心配も分かります。私も起業した時に親にどう伝えようか悩みました。
柴田:ご家庭によるとは思いますが、僕は結婚や起業について何か言われたことがなかったので、女性の起業家のハードルの高さを感じましたし、それを肌で感じたことのある男性は少ないんじゃないかと思います。上場した時、ご両親が“自慢の娘だ”と言われた時には僕が泣いちゃいましたね(笑)。彼女はケロッとしていましたが(笑)。
篠崎:飄々としている姿が目に浮かびます(笑)。上場は何歳の頃ですか。
柴田:僕は45歳で、創業してから8年が経っていました。上場後も順風満帆ではなく、アジア人の僕らがリリースした決済サービスが若者の市場の大半を取ってしまったことで、多くの投資家に裏切られました。それまでは良くしてくれていたのに、急に彼女に対して偏見を言う人もいました。まだまだ男性社会で、偏見が多い中で、手を差し伸べる人がいなければ、彼女のようにアメリカで起業して上場させるような女性は現れない。その危機感は強く感じています。
女性推進に遅れを取る日本
−アメリカでは#MeToo運動などもあり社会が変化してきている一方で、日本はまだまだ遅れを取っています。
柴田:僕らは日本の金融機関に話をしに行ったこともあるのですが、会社の説明をする前に「歳はいくつなの」と聞いたり、「30歳を超えているなら子どものことも考えないといけないんじゃない」と言ってきたりする方もいました。アイスブレイクのつもりだったのでしょうが、場はアイスのまま凍りつきました(笑)。怒り心頭の彼女をなんとかおさえて話を進めようとしたのですが、先方もアメリカに住んでいる僕らに「金融を舐めているの?片手間でやれることじゃないよ」と怒っていて、僕は板挟み状態で右往左往していましたね。今振り返るとそういった場にいたことで勉強させてもらったと思います。彼女と一緒にいるといかに優秀な起業家であるかを実感させられたので、彼女のような女性が認められる世界にならなければいけないと本当に実感しました。特に金融業界は女性が少なく、そういう方を応援しようとしてもバイアスがかかりやすい。それを変えていかなければいけないと思います。
篠崎:起業してから、男女の意識の差をより強く感じるようになりましたね。同じことを話しても受け取られ方が違うこともしばしばです。
柴田:シリコンバレーで黒人女性の起業家に出会ったのですが、彼女も多くの偏見を受けながらも、黒人の地位を向上させたいという強い意志を持っていました。彼女もアメリカ育ちでとても強い女性でしたが、そういった強靭なメンタルがないとどんなに優秀でも続けられないというのは健全ではないですよね。篠崎さんは芯が強いので信頼できますし、人を惹きつける力もあります。自分のキャリアの特性を活かして起業していて素晴らしいと思いますし、起業家の同志として、助け合いたいです。
篠崎:嬉しいです、ありがとうございます。
−アメリカでの経験も豊富な柴田さんから見て、日本はどういった点が遅れていると思われますか。
柴田:男性の理解ももちろんそうなのですが、優秀な女性を引き上げたり応援したりする女性も少ないなというのは感じます。アメリカでは、役員や部長職の女性が、優秀で頑張っている女性を引き上げていくケースが多いです。女性で起業する人やキャリアアップしようとする女性を、応援してあげる女性がもっと増えると良いのではないでしょうか。
篠崎:確かに、日本ではまだシスターフッドのような助け合う・応援し合うというフェーズにまで行っていないかもしれないですね。まだまだプレーヤーも少ないですし。
柴田:篠崎さんはダイナミックさやパワフルさもあるので、女性たちを引き上げていく力があると思いますよ。
女性特有の健康管理にも役立つ「TwooCa Ring」
−柴田さんが2014年に日本で起業した株式会社Kort Valutaでは、タッチ決済と健康管理を同時に管理できるリング型ウェアラブルデバイス「TwooCa Ring」をリリースされましたが、なぜ決済と健康を組み合わせたのでしょうか。
柴田:これはアメリカでも支持されたサービスを日本に適用させたもので、生理など女性特有の健康管理にも役立ちます。体温や心拍数の変化を周囲も把握することで、ケアできることが増えるからです。例えば僕がアメリカの一人暮らしで高熱を出した時、これまでであれば誰も助けてくれません。でもリングを通して健康状態を共有しておけば、気づいて「昨日の夜から熱出ているけれど大丈夫?」と連絡をもらえる。そうしたら僕も「悪いんだけど、風邪薬買ってきてくれない?」と頼めます。病院に運ばれても、情報が共有されていれば音信不通になることはありません。監視と捉える人もいますが、情報公開は自由です。
篠崎:健康状態を可視化することで、元々柴田さんが課題に感じていた本来お金を借りたい人が借りられるようにもなるのですよね。
柴田:そうです。例えば住宅ローンを組む時、一定の年齢を過ぎるとお金を借りにくくなります。しかしリングで心拍数、運動習慣といった健康状態を可視化するデータがあれば、年齢以外の判断基準が生まれ、融資額が増額される可能性があります。本来、金融機関も貸付はしたいわけですから、双方にとってメリットです。
篠崎:シングルマザーであることを理由にお金を借りられなかった人も借りられるようになると伺って、本当に素晴らしいサービスだと感じました。
柴田:その他にも、例えば高卒でYouTuberとして成功している方や、障がいを持っていても特定のスキルが突き抜けている方など、今の金融の仕組みでは融資がされない方々は多くいます。そこに新たな指標を入れることで、生きやすくなる人が増えるはずです。フィンテックとヘルステックを掛け合わせたこの仕組みを、僕らは「IDテック」と呼んでいます。Visaのタッチ決済を搭載し、社員証・会員証・学生証・診察券としても機能します。
お金の健康と体の健康は繋がっている
篠崎:決済も、健康管理も、オフィスへの入退室も出来てしまうのですよね。運送業など健康管理が事業に直結する業界にもニーズが高そうです。
柴田:アスリートや、病院での患者、介護者の健康管理にも活用いただけます。僕も父にプレゼントしました。両親は現金派だったのですが、敬老の日にプレゼントしたところ、次に会った時には付けてくれていて。今、ネット決済の便利さに驚いているところです(笑)。
篠崎:素敵です。慣れたら便利ですよね。
柴田:ヘルステックを掛け合わせたのは、僕自身の怪我の経験も影響しています。学生の頃、アメリカンフットボールで大きなけがをしてしまい、1年間歩くことができませんでした。今でも頭が痛い日があります。でも頭が痛いと言うと仕事が出来ない言い訳のように聞こえてしまうので、誰にも言えずに辛かった。これも女性であるビジネスパートナーと共感できた理由の1つだったと思います。お互いに、無理をしている日があったんです。体調が悪い日は一方が気遣い、助け合うことができる。お金の健康と体の健康は繋がっています。利用者に自身のお金の健康状態「マネーヘルス」を高めてもらうことが、僕たちのミッションです。
篠崎:男性女性関係なく、体調が悪い時に打ち明けにくいというのはありますよね。データを共有し合うことで、良い気遣いが生まれるようになったら良いなと感じました。後編では「TwooCa」のポイント制度やそれによって実現する未来について、お話を聞かせてください。
後編に続く