One story

慶應義塾大学卒業後、株式会社博報堂プロダクツに新卒入社。営業職で14年勤務したのち、2023年に個人事業主として独立。現在は組織開発・人材育成の領域において活動中。
山本裕明さん
株式会社アマナに新卒入社。プロデューサー職として勤務する中で、ゆうみさんと出会い結婚。2021年より、主に主夫として家事を担いながら在宅ワークを行う。
共働き夫婦が増えている一方で、「女性が稼ぎ、男性が家庭を支える」というスタイルはまだ日本では珍しいと感じる人が多いかもしれません。山本夫婦は固定概念に縛られず、互いを尊重した関係性を築いています。2人の出会いから現在に至るまでの歩み、そして2人にとって最適なバランスを保つための秘訣を伺いました。
「自分が主体的にリードする」関係が合うという気づき

−お二人の出会いについて教えてください。
裕明:当時働いていた広告制作会社で案件をご一緒した方が妻の部下で、雑談の中で僕が「年上の人が好きなんです。良い人がいたら紹介してください」とお話ししたことがありました。そうしたら急にメールが来て、「良い人がいます」と。そこで出会ったのが妻でした。
ゆうみ:私が33歳の時です。管理職になったばかりで、漠然と、「婚期が遠のいた」と思っていました。「年下の人が良い」と話していたのを覚えていてくれた後輩が、ご飯をセッティングしてくれました。ただ当時彼は23歳で10歳も歳が離れていますから、「年上すぎるだろうけれど、念の為会っておくか」くらいの気持ちでしたね。
裕明:僕からすると年上すぎるということは全くありませんでした。自分に合う人がいたら、相手が何歳であろうと結婚したいと思っていました。僕は誰かをリードするより、支える方が合っているというのは昔から感じていたので、主体性がある人がいいなぁと。
ゆうみ:印象的だったのは、「主体的にリードしてくれる女性が好き」と言っていたことです。私は生粋の長女気質と言いますか、自分で色々と決めたり、物事をリードしていったりする方が性に合っているのですが、その自分らしさは仕事で発揮すればいいと思っていました。もちろんプライベートでも無自覚に出ていたとは思うのですが、自分の特徴を意識的に生かそうとしていなかったなと思います。彼の言葉を聞いて、この人といれば私が私らしくいられるし、うまくいくような気がするとピンときました。
裕明:管理職になったタイミングと、僕に出会ったタイミングがちょうど重なって、妻にとっても変化のタイミングだったのかなと思います。
ゆうみ:管理職として様々な人を知ることで、自分と異なる考えの人を受容することに向き合おうとしていた時期でした。それまではプレイヤーとして自分のやりたいように仕事をして、自分と同じ価値観の人と楽しく仕事をしていました。しかし管理職になると、仕事への進め方も性格も価値観も、何もかも異なる人たちと向き合う必要があり、自分にとっては大きな挑戦でした。そんな中での彼との出会いだったので、彼が私の管理職としての在り方をフィードバックしてくれたり、私には気づけない他者の感情についての視点を教えてくれたりしたことで、自分の視野が一気に拡がった感覚がありました。
−ご結婚される際、苗字はゆうみさんの姓にされたそうですね。
ゆうみ:はい、2人で話し合って、そのように決めました。日本では約94%は女性が改姓すると知り、私は残りの6%を担うことに意味があるのでは、と2人で話し合いました。その時に知ったことですが、夫の両親も結婚時に女性側の姓を選択していたそうです。両親を見ていたからか、夫には「結婚したら男性の姓にするべきだ」という考え方が無かったこともあり、私の姓に決まりました。彼の苗字は彼のお兄さんに受け継いでもらおうと話しました(笑)。
−当時から裕明さんが主夫になることを決めていたのでしょうか?
裕明:いいえ、当初はその予定ではありませんでした。しかし結婚が決まった頃に、僕が体調を崩してしまって。忙しい広告制作の仕事だったので、働き方を時間の面で見直すことにしました。結果的に家事を僕が担当するようになったのがきっかけです。料理が得意なわけではなかったですし、一人暮らしの頃は掃除も洗濯も適当だったのですが、思わぬ形で家事と向き合うことになりました。
当時は、妻の方が社会的な立場も上で、さらには忙しく働いていることが世間にはどう映るだろうかという不安もありました。でも妻は「私達が楽しく過ごせていれば何も問題ない」と言ってくれて、僕の存在を肯定してくれました。家事を担っていくことで、作った料理をおいしく食べてもらえる喜びを知りましたね。そこからは料理を含めた家事全般に、とても興味が沸き、前向きに楽しく家事をできるようになりました。

ゆうみ:私は仕事が大好きですし、仕事をしている時が楽しいですが、そうではない価値観やタイミングがあることも理解ができました。彼との出会いで私の視野が広がったとも言えます。
私は仕事でアドレナリンが出すぎて、仕事とプライベートの切り替えがあまりない方だったのですが、それだとやはり消耗も激しくて。でも夫がそういう面をリセットさせてくれようと精神的・体力的にマネジメントしてくれるので、仕事もプライベートも、バランスよく充実させられるようになったと感じています。
夫と話をすることで、私自身新しい視点の発見があったり、考えを整理したりすることができます。仕事の面においても、凄くポジティブな影響があると感じています。お互い成長し、会話の内容もどんどん視座が上がっていっているように感じますね。
裕明:妻は出会った頃から尊敬できる人ではあったのですが、一緒に過ごしていく中で僕を理解し、より周りを受容できる人になっていると感じます。そのおかげで僕も、仕事を辞めて主夫になるという選択ができました。家事と向き合ってみてわかったこともたくさんあります。男性だからこうあるべき、女性だからこうあるべき、という価値観から解放されることで、お互いに自分の得意分野に集中できるようになりました。
家事を担っていくことで、作った料理をおいしく食べてもらえる喜びもはじめて知りました。そこからは料理を含めた家事全般に、とても興味が沸き、前向きに楽しく家事ができています。
会話も増えて、妻の仕事の話もたくさん聞く余裕ができて、いろんな話をするようになりましたね。
ゆうみ:帰宅すると夫が家で待っていてくれて、私の仕事のマシンガントークを聴いてくれるのがありがたいです。最初は単に仕事の出来事を聴いてもらっているはずが、だんだんと人間の成長や価値観についての深い議論に発展することもあります。気づくと2~3時間議論していることも。「若手に対してその言い方は怖すぎる」とフィードバックもしてくれます(笑)
裕明:若手の気持ちを代弁しています(笑)。
−お2人だけのバランスを見つけ、選択をされたのですね。その秘訣は何でしょうか?
裕明:趣味も全く違うし、性格も真逆だけれど、互いを理解するために話し合うことができるというのが大きいと思います。妻が確かに家庭をリードしていますが、「尻に敷かれている」わけではありません。お互いを理解し、尊重できているからこそ成立していると思います。
ゆうみ:相手になにかを求めすぎない、察してもらおうとしない、というのは私が大事にしていることです。夫に対して「こうしてほしい」などの要望もないです。お互いがやるべきこと、得意なことを理解しあえているからこそ、自然と行動できているのだと思います。そして、最大限の感謝の気持ちを、いつも伝え合っています。これも信頼関係においてとても大切なことですね。
裕明:妻の考え方は僕にとっては発見でした。以前は、パートナーは求め合うものだと思っていて、互いにして欲しいものがある中で妥協していくものだと思っていました。でも妻は「部屋を汚いと思うなら、そう思った自分が掃除をすれば良い」と言うんです。彼女がそうすることで、僕も率先して気づいたことに対して行動できます。
結果的に、心から尊敬する妻の精神的・体力的なサポートをするのが今の自分の喜びに繋がっていますし、妻のためなら苦手なことをやってあげたい、という気持ちになります。
足りないところを直すように求め合うのではなく、お互いの苦手なところを受け入れ、自発的に相手の足りないところを補っていきたい。そう思える、すごく尊重しあえる関係になっています。
ゆうみ:自発的、主体的に動くことが好きなんです。ただ擦り合わせが必要だったこともあります。夫は察することができるタイプですが、私は指示するつもりがなくとも思ったことを口に出してしまうタイプなので、そこは話し合いが必要でした。例えば私が「ここ汚れているなぁ」と口に出すと、彼は「掃除して」と言われているように感じてしまう。でも私は彼に掃除を促す意図はないんです。私は夫への伝わり方を気にするようになりましたし、彼には察しなくて良いということを伝え続けました。
裕明:お互いに理解しあっている中でも、建設的で前向きな話し合いを細かく重ねていくことで、より擦り合わせていける部分もあります。お互いにフラットな気持ちで話し合うことも関係を構築する上で重要で、意外と多くの夫婦が忘れていってしまっているのではないかと思います。僕はそういう話し合いは率先して行うべきだと考えています。

−ゆうみさんは大黒柱として稼ぐということにプレッシャーを感じる瞬間はありますか?
ゆうみ:基本的にうっすら感じてはいるのですが、私は多少負荷がかかった状態の方が成長できると自分でわかっていて。常に刺激を求めてしまう私にとっては、それくらいがちょうどよいのかもしれません。夫がいてくれるという土台の安心感があるからこそ、自由にチャレンジできていることを実感します。
裕明:妻が自分自身を奮い立たせていることは感じています。それを良いエネルギーに変えて仕事に向かうところは本当に尊敬します。だから僕は妻のためにできることを一生懸命やります。でも、たぶん僕がいなければ、妻は今ほど仕事とプライベートでメリハリのある良い関係を築けていないのではないかと思うんです。そこは家族を運営する上での僕のバランス能力だと思っています。そこは結構自信があります。
転職という大きな決断を迫られた時に考えたことは?

−ゆうみさんは現在、個人事業主として研修講師の仕事をされています。2023年に14年働いた会社を退職し、その道を選ばれた理由は何でしょうか?
ゆうみ:それまで会社が大好きで転職を考えたことは一切なかったのですが、若手の育成など、人の成長支援にやりがいを感じていました。学校の先生や、教育関係の仕事も向いているかもしれないと別の人生を想像することも多かったんです。そんな時に研修講師のスカウトメールを受け取って、目が釘付けになりました。これまで自分が培ったマネジメント経験を活かしながら、人の成長に携わることができる。帰り道に何気なく見たメールが光り輝いて見えて、家に着いた時には夫に話していました。説明会や面接に行くたびに出会う人全員が尊敬できる人たちで、相性の良さを感じましたし、私が働くイメージもどんどん湧いていきました。
−裕明さんは見ていてどう思われましたか。
裕明:彼女の気持ちがどんどん固まっていくのを感じ取りました。前職では管理職で出産後に同じ職種で復職する女性がおらず、自分がロールモデルになりたいというのを聞いていたので、その目標を達成しなくても良いのか、ということは話しました。ただ毎回面接に行く度に感動して帰ってくるので、その想いは先方にも伝わっているだろうし、良いご縁に繋がるだろうなと僕も感じていました。
−当時はちょうど妊娠出産に気持ちが向いていたタイミングだったそうですね。
ゆうみ:そうですね。そこに関しては本当に悩みました。個人事業主になれば産休も育休もないですし、採用後の1年間はトレーニング期間があり途中で離脱することができません。ライフプランを大きく変更しなければならないため、葛藤しましたし、2人でたくさん話し合いました。一旦転職は諦めて次の機会に受け直すという選択肢もありましたが、今決めなければ「タイミングを逃す」気がしました。最終的には夫が私の背中を押してくれて、やってみようと思えました。そのタイミングで受精卵凍結も行い、いつかに向けた準備もしました。
裕明:僕も妻も子どもを望んでいます。仕事を頑張りたい妻を応援したい気持ちはもちろんありますが、本音では不安や葛藤がありましたね。妻が年齢を重ねていくことで安全性や体の負担、リスク考えると、万一彼女の身に何かあったらと想像してとても悩みました。

−夫婦にとって大きな決断だったと思います。裕明さんはどのように思いを整理されましたか?
裕明:最終的には、妻の生き方を尊敬しているし、尊重したいという思いに立ち戻りました。妻にとってどれだけ仕事が大切なものなのかというのはよく分かっています。そんな中で、彼女が出会った新たな仕事をストップさせてでも子どもを作ろうよと言う気持ちにはなれませんでした。妻は、ゆくゆくは子育てと仕事を両立させる女性像を描いていると思いますし、その夢を叶えたい。妻が仕事に情熱を持ち、幸せを感じている姿を見ることが僕も嬉しいですし、それを優先したいと思いました。どんな状況であろうと、妻が納得のいく人生を歩んでほしいと思って、背中を押すことができました。
−泣けてしまうくらい素敵なお話ですね。
裕明:僕がそんな風に思えるのは、妻の真っ直ぐ仕事に向き合う姿に感銘を受けているからだと思います。妻だからこそ、そう思えるんです。
自分が安定した状態だからこそ、支え合える

−今後実現していきたい未来について教えてください。
裕明:子どもを授かることができたら、僕がメインで面倒を見て、良いお母さんであり、良いお父さんでありたいですね。そして妻をこれからも変わらず支えていき、平穏に歳をとっていきたいです。妻は僕といるだけで幸せそうにしてくれるので、それがずっと変わらぬよう、家族が増えたとしても「夫婦である」という前提は変わらないので、夫婦のより良いあり方は常に二人で考え続けていきたいと思います。
ゆうみ:私が裕明と結婚したのは、自分ひとりの人生よりも断然おもしろい未来が訪れそうだなと確信したからです。実現したい未来が明確に決まっているわけではなく、偶然を楽しみながら二人で人生を動かしていくということが、私のやりたいことです。



