Bloom talk



著書『「存在感」はつくれる』でも知られる大塚ちづるさん。女性推進、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)のトップランナーである大塚さんへのインタビューが実現した。
「一生懸命やったら変革が起きる」経験が原点に

−総合商社勤務を経て、米金融大手ゴールドマン・サックス証券株式会社のニューヨーク本社とアジアパシフィック支社にて約25年人事に携わり、延べ5000人以上のグローバル人材の育成を行ってきた大塚さん。日本のビジネス社会における女性の支援を始めたきっかけまで遡りたいと思います。ジェンダーギャップについて感じられたのはいつ頃でしたか?
大塚:実は社会人になってからと、かなり遅い時期でした。ジェンダーギャップにとても鈍感だった理由の一つとして、幼少期は“男の子はこう、女の子はこう”といった固定概念を気にせずに育った事が大きかったと思います。影響は母の考えでした。「女の子なのに」という概念がなく、やりたいことを他の兄弟の2人同様自由にやらせてもらえる環境の中で育ててくれたのです。性別よりも、どれくらい真剣にやりたいかが最も重要でした。ただし「アメリカの大学に行きたい」と言った時は一緒に暮らしていた祖母(母方)や九州男児の父には猛反対されたものでした。それでも諦められず、猛勉強してあまり良いとは言えなかった英語の成績を学年トップまで上げました。私の家族は実力主義で、成果を出したら認められるというルールがありました。結果、アメリカの大学行きを認めてもらい、それに味をしめました(笑)。「一生懸命やったら変革が起きる」という経験は、今の私に繋がる原点かもしれないですね。
しかし社会人になり、日系総合商社に入り「女性は出張に行けない」など男女での違いを感じるようになりました。当時は色々なことがありました。例えば、私の部署では15時になると新入社員の女性社員は焼き芋を買いに行くという風習があると知った時は心からびっくりしました。最初は『焼き芋』というのは何かのコードネームで特別なファイルを取りに行くのかと思って、「焼き芋って何ですか?」と尋ねると「帰国子女だから知らないのか」と言われて重ね重ねの勘違いが生まれました(笑)。ただそれも社会勉強かと受け入れていた事も正直多かったです。ところが、同じ時代でも場所は変わって米国大手金融ゴールドマン・サックス証券の日本支社に転職をした頃のことでした。ある外部の方々も参加する会議でお茶を求められ、同席者で唯一の女性だったので「これは私の役割だな」と思って立ち上がったところ、アメリカ人のマネージャーに「なぜ君が行くんだ!」と怒られたことがありました。日本ではそういう文化なので、と伝えたらここはゴールドマン・サックスという会社で、女性社員が会議中にお茶を入れに席を立つ事は非生産的という理由で「席を立たなくて良くなるソリューションを提案するように」と言われました。そこで「トレーダー・ランチ」という、席から離れられないトレーダーのためにカートでお弁当を売りにきていた方々に着目し、お茶も準備してもらうサービスが誕生しました。それがきっかけで今でも、顧客とのミーティングには専門のサービスが入るようになっています。この経験は私に大きな学びを与えてくれました。一生懸命考え、時代に合わせた変化を提案すれば、こんな大きな企業すらも変化する事を実感した出来事でした。
−このような事は、何気ない日常の事のように聞こえますが、双方柔軟性の高さを感じますね。そんな企業を出て日本の女性推進の取り組みを始めようと思われたのはなぜなのでしょうか。
大塚:娘が社会人になってから次第に元気が無くなって行き、ある日部署が替わると報告されたと話してくれました。ただしその部署に男性が配属されることはなく、自分はその部署に全く興味が無いのに「女性だから」という理由で配属されたというのです。組織の決断に大きく落胆した姿を見て、私が20年以上前に体感したことが日本ではまだ今も残っているという事実知り、驚愕しました。これは「人のボーナス計算などをしている場合ではない!」と思いましたね。20年近く働いたゴールドマン・サックス証券会社では自分のやりたいことをほとんどやらせてもらえましたし、これからは何か人のために、次世代の社会のために、その時点では女性のために動かなければと強く思わされたのが、きっかけでした。
多様性は収益に繋がる

−ニューヨークでは性別における扱いの差を感じることはなかったのでしょうか。
大塚:ありました。でもニューヨークの女性達は強くて、真っ向から「それは差別だ」と言ったり「女性だから駄目なのか?」とダイレクトに質問したりする場面に何度も出会いました。これは彼女達にとっても容易いことでは無かった事をお伝えしておきます。多様なバックグラウンドの人々がいるニューヨークでは、多様性が収益に繋がるという認識が強いのも特徴ですね。多様性が色々な大企業で注目され始めたのはやはりビジネスが理由でした。以前プレゼンテーションに行った先のクライアントの担当者が、“全く多様で無いチーム”で提案された商談を断り、“多様なメンバーで臨んだ競合他社の提案”を受け入れたという有名なエピソードがあります。なぜ有名なストーリーになったかというと、それをきっかけに企業のトップが多様性の導入に舵を一気に切ったからです。そこから、多様性をいかに重視している会社かを見せるために、「食事に行くときは必ず女性社員や人種を交えて誘うように」とまで言われました。自分たちが相手にどんな印象を与えるか、戦略的に考えるアメリカらしいやり方です。これが企業単位のダイバーシティビジネス戦略との最初の出会いでした。
−戦略的に多様性を重視するというのは、日本ではなかなか馴染みがない考え方かもしれませんね。
大塚:戦略というと馴染みがないかもしれませんが、ビジネスはマーケットシェアの獲得だという考え方はどうでしょうか?実際にLGBTQのマーケットを獲得するために、LGBTQの優秀な人材を世界中から探してリクルーティングせよという指示が出たこともありました。当時は同性パートナーに対する福利厚生が整っていなかったのですが、リクルーティングした方から「福利厚生が整っていないのであれば入社しない」と言われ、入社してもらうために福利厚生を早急に整えた事もありました。こうして、規則や常識はドンドン変わっていくんだと思います。
−スピード感を持って変化に対応していかれるのですね。
大塚:ウォールストリートの企業は時代のトップでいたいという思いが強いんです。どんな時もNo.1を目指すのはまるで文化のようです。他社が先に新しいことをすると、「なぜ負けたんだ!」となる勝負好きの集まりですね(笑)。でも、そのようにすぐに行動を移す人達がいたからこそ、多様性が急激に推進されていきました。
小倉(CBC/Career Bloom):多様性の推進において、収益に繋がるイメージが湧くものはすぐに行動に移すことが出来そうですが、「収益には繋がらないけれどやったほうが良いこと」に対してはどうなのでしょうか。
大塚:直近では企業の収益には繋がらない中長期的なことはもちろんやります。ダイバーシティもその一つだという見方もできます。なぜなら明日から急に変わることではないからです。短期戦ではありませんので、収益に繋がるのは来月ではありません。長期的な視点は明日の収益にはならずとも非常に大切です。今の日本を例にするとわかりやすいと思います。長期的に見れば、取り組まなければ将来的なリスクは大きいことが分かるはずです。特に少子高齢化で労働人口が減るわけですから。多様性を重視しているフリや目先の収益だけでなく、いかに長期的な視点で実行に移せるかは、人事部に求められる大切なスキルだと思います。
小倉:営業会社では収益を生み出すことが重視されやすいので、そこはジレンマがあります。
大塚:そうですね。お金に対する力加減というのはとても難しいです。例えば少人数のスタートアップ企業であれば、収益を上げる人たちだけいれば上手くいくかもしれません。でも人数が増えていくと組織が回らなくなり、人事が必要になってきます。それも目先の収益だけを見れば人事はいらないけれど、長期的な人材管理・確保を考えたら必要だということですよね。ダイバーシティの取り組みもその一部で同様だと思います。
日本人の「思いやり」が相互理解の障壁に

−日本はジェンダーギャップ指数が146カ国中118位と世界でも大きな遅れをとっています。なぜここまで遅れていると思われますか。
大塚:とても難しい質問ですね。思いやりと遠慮がちな特性が妨げになっているように感じる事があります。日本人はとても優しくて、それ故に主張できないことがあるということ。また直接的なことを聞かず、空気を読もうとして相手を思いやりすぎてしまうということですかね。もちろん思いやることは素晴らしいことですが、相手が何を考えているか、全てを言葉にせずに知ることなんて到底できません。理解できないまま、「女性にはこれをやらせたら負担だろう」と思いやりのつもりで出張に行かせなかったり、時間帯によってはミーティングに呼ばなかったりといったようなことが発生してしまうのです。
小倉:確かに思いやりのつもりで、女性を早朝の新幹線で出張に行かせるのは良くない、といった文化のある企業はまだあると思います。
大塚:女性に確認することをお勧めします。きっと早朝の新幹線が良いかどうかは性別ではなく、人によって違うはずです。早朝の新幹線でも、顧客に会いにいきたいと思う女性もいます。それを聞かずに判断してしまうと、ジェンダーギャップは埋まりません。思いを伝えられない女性も同様です。互いに伝えあわないと理解はできないですよね。
私も東京で似たような経験があります。部下(全員日英バイリンガル)が何を考えているのかさっぱり分からなくなった事がありました。日本語で「今何をやっているの?」と聞くと一生懸命説明するか、後からメールで丁寧に文書にして報告してくれるのですが、英語で聞くとラフに一言で “just checking email.”と返ってきて説明は全くなしです。この経験で日本語と英語は言語だけでなく、文化が異なるのだなと実感しました。日本語環境で思っていることを言うように伝えても、威圧的に感じられてしまう事が多く、なかなか他の人がまわりにいる環境では言葉が出てこない。その学びから1on1で、思っていることを言ってもらう時間を作った事は有効的でした。こんな経験から現在マネージャー陣のコーチングでは、1on1では部下に「報告」をさせるのではなく、思っていることを話してもらう時間にすること、75%の時間は話を「聞く」ことに集中するように伝えています。男性・女性だけでなく、世代によっても考えることは大きく変わります。日本には、もう少しはっきり伝えることで相手に理解してもらう、理解し合うという行動が必要なように思います。
−ニューヨークでは考えが違っても主張し合うからこそ、理解が進んだのですね。
大塚:私でもニューヨークに行った当初は、周囲のパワーに圧倒されて、何も発言できないこともありました。英語は母国語ではないですし、どうしても言いたいことがあっても遅れてしまうので、工夫して会議後にメールで伝えるようにしました。それに加え、何とかミーティングの場で主張できるよう、最後のまとめ係を買って出て、自分が言いたいことを言える時間を持てるように工夫していました。伝え合う事は大切です!
失敗を失敗としてカウントするか、成果としてカウントするか
−ダイバーシティは組織的課題も大きいと思いますが、どのように課題解決をしていこうと思われていますか?
大塚:なぜ組織的にダイバーシティが必要なのにも関わらず実現が困難なのか、まずは体系的に学び、学術的に伝えていく事で課題解決に向かうと考え、New York UniversityでOrganizational Development(組織開発)を勉強しました。組織開発の理論の1つに『Magic 30』と呼ばれるものがあります。組織やグループに30%、似ている特性の人がいれば持ち前のパフォーマンスを出せるという理論です。これをもとにコンサルタント先でも一番多様性を取り入れる事が難易度の高い部署で、女性社員の比率を30%以上に引き上げるチャレンジを実際してみました。大学で学んだ理論通りには進まず、色々な困難にぶつかりましたが、それでも1人1人と関係性を築きながら進めていき、最終的に37%にまで引き上げました。ある時は42%にまで至っています。その部署は具体的には比率を上げるため、女性の新卒採用を積極的に行いました。その時女性しかとらないという噂が立ち、優秀な男性が取れなくなったと揶揄されたこともあり新たな壁にぶつかったように感じました。また、新卒の意見の統計をとり分析した時に「これは女性の意見だ!なぜなら殆どの人は女性だから」と意見してきたグループもありました。そんな時も一緒に考えてもらう事が大切です。そこでこんな質問をしてみました。「なぜ、女性の意見だけだといけないのか?」「なぜ、男性の意見も必要なのか?」そして「採用の大多数が男性であった頃、女性が全然いなかった時になぜこの疑問が起こらなかったのか?」と。時は常に流れています。昔の常識は今の常識なのでしょうか?例えば子どものお迎えに行かなければいけないのは女性だけですか?お迎えに行く男性も、今ではたくさんいます。社会は変わってきているのですから、組織も考え方を変えていくべきです。そして、変われないリスクをみんなで、多様なバックグラウンドの人達と考えるべきだと思うのです。
−困難な局面も多かったと思いますが、どのようにして進めていかれましたか。
大塚:失敗を、失敗としてカウントするか、成長と成果としてカウントするかというマインドセットは大きかったと思います。私は「失敗は経験」としています。経験を積む事で必ず学びがあり、その先には成長があります。それを成果と呼ばずになんと呼ぶのでしょうか?特に、長期的な目標は失敗だと思ったら前に進んでいないと感じるものです。戻っているかのように感じても、成長過程、また成果だと思えれば組織開発は続けていけると思いませんか?
後編に続く
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